四方八方、壁に囲まれた街で。
名乗るほどでもないので
僕の名前は、適当に「B」とでも呼んでほしい。
とくに意味はない。考察する必要もない。
血液型と同じくらいどうでもいい、そんな感じだ。
生まれてこのかた、景色というものを見たことがない。
太陽が少し出る日は、青空も少しだけ見ることができる。
でも、ほとんど今日と同じような曇り空だけが
この街を覆っている。
コンクリほど硬くなく、泥ほど柔らかくもない、その壁は
僕らを取り囲んで逃がしてくれない。
この街は、夕立がよく降る。
その壁に付着すると、べったりと粘りっ気の強い性質に変わる。
叶わないことだと思うが
その瞬間だけ、僕らは何か抜け出せるような
そんな淡い期待を持ってしまうのだ。
僕は一度だけ、夜すら眠りについたとき
粘り気のある水滴を舐めてみたことがある。
すっぱい葡萄の味がした。
上空を見上げると、曇りの隙間から、星がこちらをみている。
とても綺麗だ。今にも壊れてしまいそうだ。
もう一度壁を見つめる。小さなハエトリグモが1匹だけ。
よちよちとはるか上を目指して這いつくばっている。
少しだけ勇気をもらった、そんな夜だった。
登場人物:壁
:B(男の子)
:ハエトリグモ
作者:ヤスナガ